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罪悪感から自分の本当に重要な価値観がわかると、また一つ自由になる。

先日開催したコアマミレ2.0では、”罪悪感を感じること”から自分のコアを発見し、体感してもらうというワークをやりました。

コアを体感するためのアプローチはたくさんあります。

怒りからでも到達できるし、悲しみからでも到達できるし、うまくいかない現実に対する解釈からでも到達できます。(それぞれの講座では、コアに到達するワークを実践します。)

たくさんあるアプローチのうち、罪悪感からのアプローチはとても日常的であり、とても画期的な視点でもあります。

罪悪感をどのように捉えるか?コア学の考え方をご紹介しましょう。

まず、罪悪感を感じることというのは、自分が「それをしてはいけない」と思っていることだと言えます。やろうとすることややってしまったこと、あるいは考えたことや感じたこと、思ったことなど、行為行動に対してだけではなく、自分の内面で起こる現象に対しても罪悪感を感じることがあります。

「自分はいけないことをしている」と無意識に解釈しているからこそ罪悪感が生まれますが、本当に心の底からいけないことをしていると思っているならば、そもそもやろうとさえしません。

コアの部分で”してはいけないこと”はそのままイコール、”しないこと”へと変わるので、本質的にしてはいけないと理解していることは、はじめからやろうともしないのです。

つまり、本当にしてはいけないと思っていればやらないので罪悪感を感じることもないわけですから、

正確にいうと「したい・やりたい・感じたいと思っているけれど、そうしてはいけないとも思っている」という矛盾を抱えているのが罪悪感の正体なのです。

このような矛盾が生じていることになります。

コアの自分・・・やりたい、やろうと思っている、それをすることに価値や意義を感じている

表面的な自分・・・やってはいけない、間違っている、誰かを怒らせる、誰かを傷つける

コア学は、あらゆる問題に対して全て、”まずはコアに戻る”という方法で解決をしています。罪悪感に関しても同じです。

罪悪感を感じたまま原因を過去に見つけようとするのではなく、コアの視点にまずは戻ってから見る(観察する)のです。

自分の本質に戻り、自分の本質から物事を捉えなおしたとき、今まで罪悪感を感じていたことに対しての感覚が変わります。

ある人は、一瞬にして罪悪感が消えますし、そう出ない方でもずっとコアの視点から罪悪感を眺めているようにすると、次第に苦しい感覚がなくなることに気づきます。

これが、コアからの問題解決なのです。

コア学カフェの様子

例えばわたしは、「高級なものを買うこと」に罪悪感を感じていました。

普通の買い物だと罪悪感は感じませんが、高価でいいものを買うと(あるいは買いたいと思ったり、買おうとすると)自分の中に申し訳なさや、悪いことをしているのではないか?という不安が押し寄せてくるのでした。

では、このような時に、どうやってコアに戻ってコアの視点を見つければいいのでしょう。

まずは前提から変えてしまうことが大切です。

罪悪感を感じていることは全て、自分のコアが価値を感じていること

このような前提を持ちます。

つまり、「高級なものを買うこと」に罪悪感を感じるならば、わたしのコアはそこに何か素晴らしい価値を見出しているということです。

ここでどういう意味なのか?わからなくても構いません。最初はこの前提に慣れない可能性があります。そうだとしてもまずはとにかく、ひたすら自分の中でこの前提を持つようにしてみるのです。

そのあと、自分のコアに話しかけるように問いかけます。

『わたしの本質は、高級なものを買うことにどのような素晴らしい価値を見出していますか?

『コアなわたしは、高級なものを買うことをとても素晴らしいことだと思っています。どのような価値観を持っているから、高級なものを買うことを素晴らしいと評価しているのですか?

このように問いかけていると、こう出てきました。

『素晴らしい技術や素材や作品は人生において重要である』

『自分が本当に素晴らしいと思うものへ惜しみなくエネルギーを使うことを大切にしているから』

本当は、このように言語化するのは難しいのです。大切なのは、感覚を知ること、視点を知ることです。

この問いかけをすることでさらにわかったことは、わたしは決して”高価であればなんでもいい”わけではないということでした。

値段の高いものが好きなのではなく、自分の素晴らしいと思うものには高価なものがある、というただそれだけのことでした。(とはいえ好きなものには高価ではないものもたくさんあるのです。)

コアのわたし(コア・セルフ)は常に知っていたのです。

『わたしにとって素晴らしい技術や素材や作品は人生において重要なものである』

『自分が本当に素晴らしいと思うものへ惜しみなくエネルギーを使うことは重要なことである』

表面的な自分は常に、他者からの評価を気にしていますが、コアのわたし・本質的な自分(コア・セルフ)は常に自分にとって重要な価値観のみを気にしています。

わたしたちは、自分以外の存在に気に入られようと生きすぎるあまり、自分からの評価をないがしろにしてしまうのです。

自分からの評価をないがしろにするといっても、普段感じるような”自己否定感”などはコアには存在しません。コアにあるのは常に自分へ愛や感謝や勇気付けやあるがままのOK、肯定なのです。

自分からの評価をないがしろにするということは、コアから渾々と常に流れている自分への栄養、パワー、愛、喜び、ただ存在していることへの許可、あるがままへのOK、といったものを受け取らないで無視することと同じです。

罪悪感の感覚を気にして、他者からの視線や評価や解釈を軸にするのか。それとも罪悪感をいいヒントにして、自分のコアが大切にしている本質的な価値観を軸にするのか。

自分にとって望まない出来事や感情にこそ、いつもわたしたちはコアに戻るチャンスを与えられているのです。そして、コアはわたしたちを自由にしてくれます。安定的で安全な自由の場を与えられてはじめて、自分の力を思い切り発揮できるのです。

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