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反射的な行為は大切なことを教えてくれている

私たちは、思考や感情などが揺れないと、自分が何を感じているのか

気付きにくいものですね。

しかし、何気ない行動や振る舞いなど、気持ちが大きく揺れなくても

その出来事をニュートラルに観察してみることで

自分の中にある深い思い込みに気付くことができます。

全ての感情が顕在化するわけじゃないので、

何も感じていないと思い込まされることもあるでしょう。

自分にとって苦手なもの、感じてはいけないと思い込んでいるものは、

実際の行為から観察してみる

Facebookを流し読みしていた時のことです。

友人の楽しそうな写真がアップされていれば、気軽にイイネを押すのですが

あるとき、友人のAさんの投稿に対して、私はスルーしていました。 

何気ない行為です。

そのとき、たいして感情も浮かぶこともなく、何か考えているわけでもありません。

なので、とくにこの行動に意識を向けることがなければ

普通は、何ごともなかったかのように過ぎるものです。

こういうとき、私たちは「何も感じていない」と信じています。

ただ、イイネしなかっただけ。

そこに意味はない、と思いがちですね。

何を感じて、どんな思い込みを持っているのか?

自分と向き合うことは、気付いていない自分の想いに目を向けることになるので

面倒になって見逃してしまいます。

このようなことは日常にいっぱいあるのです。

そこに意味がないのではなく、

意味はないと信じたいという方が合っているでしょう。

いつもなら友人の楽しそうな写真にイイネを押すのに

このとき、特定の投稿に関してはスルーしていました。

どれだけ感情が動いていなかったとしても、その違和感には

見たくない想いが隠れているということです。

苦手な感情は、気付きにくい

友人の楽しそうな写真を見て気軽にイイネを押していたときは、

「あぁ、楽しそうだな」と相手の喜んでいる姿に私自身が嬉しい気分になっています。

このとき、「うれしい」とか、相手を大切に想う気持ちが浮かんでいます。

この感情は私にとって、心地良くて慣れている、いつもの情報なので

簡単に顕在化する(浮かび上がる)のですね。

しかし、特定の記事をスルーしていたときは、

何も感じていないわけではなく、

私にとって、感じるのが苦手な気持ちだったり、

そんなことを感じてはいけないと思い込んでいる情報だったりするのです。

自分に素直になって観察してみると、

普段、感じないようにしている感情を浮かび上がらせることができます。

無意識に抑圧してきた感情は、気付かないままでいることで

外側の現実に映し出されます。

つまり、

感じたくないと思っている感情を感じさせるような出来事を見るということです。

スルーしたAさんの投稿を見たとき私はどこか、

羨ましいな」と思っていました。

この「羨ましい」という気持ちを持っていてはいけないと無意識に思っていれば

その感情はなかなか顕在化しないので、

相手に対して、素直に「良いな~」とは言えないのですね。

言いたいという気持ちすら浮かんできません。

そうすると、

私は相手のことを羨ましいと思っていない」というのが

自分の正直な気持ちであると勘違いしてしまうのです。

他者の言動や何かの出来事によって、私たちは反射的に何らかの行動をとります。

反射的なので、何かを考えた上で取った行動ではないのですね。

こちらは、意識のマトリクス図です。

身体反応の部分は、このような反射的な身体の反応です。

思考や感情のようにハッキリとした情報が浮かび上がる前の

反射的な行動を観察することで、

自分をどのような人間だと信じていて、どのような解釈をしているのか?が見えてくるのです。

しかし、浮かび上がる思考や感情が大きく揺れないときには、

私たちはなかなか気付くことができないため、

自分の内側に深くアクセスすることがません。

何に対して感じているのか?

私は一体何に対して、羨ましいという感情を抱いているのでしょうか?

この現象によって、あまり感情や思考が浮かび上がっていないため、見つけにくいのですが

ひとつひとつ、見つめていくと次第に自分の想いを見つけ出してあげることができてきます。

・友人がみんなとはしゃいでいるのが羨ましいのか?

・充実している雰囲気が羨ましいのか?

・応援されて祝福されているのが羨ましいのか?

・人気があることが羨ましいのか?

ひとつひとつ自分に問いかけ、感覚を感じていきました。

とことん自分の気持ちに素直になってみると、

みんなと無条件に喜びあっている姿に対して、

私は何かを感じていることに気が付いたのです。

自分に素直になることは、ときに

とても痛い自分を見ることもあるでしょう。

すると、そんな自分を見るのは嫌だと避けてしまい、 

その結果、出来事に対して、感情を感じないようになっていきます。

大人になると小さなことにあまり感情を揺らさないかもしれません。

それは、そんなことを感じている自分なんてダメだと

自分を守っている姿なのです。

私は、喜びを分かち合うということに対して

どこか抵抗感があったり、慣れていなかったりするのですね。

無意識に否定している自分の性質

思い起こせば、学生のころ

学園祭や体育祭などのイベントのとき、

どこか盛り上がる仲間との温度差を感じて、

そんな自分を無意識に嫌だと感じていました。

ずっと持ち続けていた無意識の思い込みが働き、

人と盛り上がって喜び合えない、冷静な性質を否定していることに気付けるのですね。

そのきっかけが、目の前の現象です。

あるがままの自分を無意識に否定していると

このように現象に対して、違和感のある反応を生み出します。

その反応や行為には、

自分にはないと思い込んで、相手を羨ましいと感じた気持ちや

自分は人と歓びを分かち合えないという勘違い

冷静な性質そのものを否定しているということなど

たくさんの無意識の思い込みが隠れています。

今まで、自分自身の無意識と向き合うことを大切にしてきたのなら(無意識の情報が顕在化しているのなら)

これら無意識に持っている勘違いにも気付く機会もあり、

投影されている現象に対しても

過剰な反応は起こりにくいかもしれません。

大きく気持ちが揺れると、反応が大きいため、

自分の無意識にアクセスしやすくなりますが

小さな小さな反応の中にも、とても大切なことが隠れているのですね。

こんなことはありませんか?

誰かに同じことばかり話していたり、すぐにスマホをいじっていたり

宿題があるのに、他のことばかりやってたり。

それらの何気ない行為は

どんな自分をダメだと勘違いしているのか?

教えてくれています。

潜在意識は、常に

自分自身を取り戻すために何らかのサイン

現実世界に映し出してくれています。

それに対して私たちは何らかの反応をしているのです。

今日はどんな反応をしましたか?

自分自身に対しては、とことん素直になってみてくださいね。

この記事を書いた講師:かなやま なほこ